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めばえ教育グループ学園園長のブログ

本物人間シリーズ① 掛布雅之選手

クラブ本物人間シリーズ 「夢・希望・感動」

趣旨「夢・希望・感動」・・・幼稚園・小学校生の子ども達が一流の先生に出会えることによって夢・希望そして感動を得ることを目的にしています。今、日本人として大切な誇りや自信が育てられていません。しかし、これらの先生方はたゆまぬご努力によって、高い能力や地位を築かれました。子どもは、そんな先生方に出会えることによって「夢・希望・感動」が芽生え将来必ず必要とされる成功条件のコミュニケーション能力を身に付けて行くことでしょう。人は人によって磨かれます。そんな子ども達を育てて行きます。

 

5月6日(月)ミスタータイガース掛布雅之氏をお招きし第1回目の本物人間シリーズが舞洲ベイスボールスタジアムで開催されました。約200名の子ども達やご両親とトークショウや野球指導そしてサイン会が実施されました。プロ野球選手の熱いメッセージや野球指導に大変満足されました。野球にかける熱い思いも語られ素晴らしい時間となりました。今回は掛布雅之氏のトークショウの場面を再現致します。

 

がま口財布掛布 雅之1955年5月9日生まれ)プロフィール

千葉県千葉市中央区出身の元プロ野球選手内野手)。現在は、スポーツ報知野球評論家およびスカイ・エー野球解説者大阪府豊中市在住。阪神タイガース(阪神)の主力選手として活躍した現役時代から、阪神ファンやメディアの間で「(4代目)ミスタータイガース」と呼ばれることが多い。

 習志野高2年の昭和47年、4番ショートで夏の甲子園に出場するも、1回戦敗退。49年ドラフト6位で阪神に入団。1年目から一軍定着を果たす。2年目にレギュラーを獲得。54年には48本塁打で本塁打王となり、以後阪神の不動の4番打者に。本塁打王3回、打点王1回。60年には無冠ながら40本塁打、108打点を挙げ日本一の原動力となった。しかし、翌年四球禍から左手親指を骨折、5年間続いた連続出場も途切れる。その後も怪我に悩まされ、62年から極度の不振に陥り、63年シーズン終了後、33歳で引退。

 

 (舞洲アリーナ  写真左から工藤一彦氏・掛布雅之氏・司会:めばえ職員・園長)

 1 (one)Q1「お父さんはどんな方ですか?」

父は小料理屋を営んでいました。

父は高校野球の監督をしていましたが甲子園球場に出場出来なかった事が悔しかった様です。そこでわが子が何時か甲子園球場に行って活躍して欲しい思いで私は育てられました。

子どもの時から言われていたことは、人にやらされる練習や準備はするなと。自分が自らやる野球が大切だと父から教わりました。

やらされる野球をやっているとチームに与える悪影響は大きいです。父は自らやる野球の大切さを教えたのです。

水泳もやり千葉県を代表する程になりました。父は将来、私が野球選手になるために水泳、剣道もやりました。そんな父を尊敬し感謝しています。そのため握力は左右70台あります。

父が将来の事を考え野球をやるために色々なスポーツをやらせてくれたお陰です。

 

2 (two)Q2「どんなしつけをご両親から受けましたか?」

箸は左手を使っていました。

それを先生に怒られたとき父は箸を左手で使うことが他人に迷惑をかけないならば左手を使わせて下さいと先生に言われました。子ども心に覚えています。

父は野球に対するパートナーの存在でした。

(舞洲ベースボールスタジアム:準備体操)

・・・次回に続く・・・位置情報

 

 

 


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